Thu, 20 Sep 2018

『スノウマギカの伝奇』第一回

作:巡宙艦ボンタ

 

 

特筆すべきことといえば、

僕らは不思議な体質を抱えていた、

という事かもしれない。

 

『スノウマギカの伝奇』第一回

 

* * *

 戦時中のことだった。はじまった頃はみなどことなく躁だったのに、負けこんでくると今度ははっきり憂鬱を宿して通りを歩いていた。そのくせ妙な気持ちが働いて口だけで強がるものだから、どうしようもなかった。そんなことはたいていの人がわかっていたから、いまさら特筆すべきことではない。
 僕らの父は物理学者だったので、当然国策研究に駆り出された。が、物理学といっても火薬や航空力学をやっていたわけではなかったので、どこかくたびれた様子で登戸まで通勤していた。「文学でもやっておけばよかった」とは彼の言だが、親戚の言語学者などはついぞ大陸から還ってこなかったというので、どちらが良かったかなんて、今更わからない。
 だが、その父もまた、ある日を境に研究所から帰宅する事がなくなった。簡単な手紙を渡されて、事故死と告げられた。
 僕も姉も泣くことはなかった。ひたすらに乾いた顔をしていた。

 今から思えばすべてが茫漠としていたように思える。言ってしまえば、当時から現在に至るまで、だいたいのことに現実感がない。
だけども、あの夜のことだけは強烈なリアリティを持って僕らの中に存在していた。
 いつものように節制した食事をすませて、僕ら幼い姉弟は床に入った。
 夢に落ちそうな寝入りだった。目を閉じると多少ちらちらと光が見えた気がした。
 閉じている目を凝らした次の瞬間、僕は自分が空を飛んでいることに気付いた。
 白く見えた光点は、雪だ。高空からゆっくりと舞い降りていく。自分の視点も左右に揺れて、だんだんと雲を下へと突き抜ける。
 体が冷たい。まるで氷や雪に触れているみたいだ。
 いや、その時僕、いや僕らはまさしく雪になっていた。
 なんだか愉快な心地だった。いや、愉快というよりは、透き通った気分だった。父が研究していた関係でよく見せてくれたあの繊細な雪の結晶が、今の僕を形作っているのだった。
 すぐ隣に姉の気配がした。冷たい気配だ。冷たいといっても、冷徹ではない。優しい冷温の存在感を感じた。
 僕らは風の抵抗を受けながら、白い雲が満ちた空間を、ゆらゆらと落ちて行っているのだった。ひたすらに気持ちがよかった。

 遠くの地平を見ていたら、姉が下方へ注意を促したような気がした。青く落ちる地表に街の明かりが少し見えたと同時に、黒々とした鯨が横切っていく。
 鯨ではない。爆撃機だ。昼間見ると銀に光るB-29の、黒々とした影が群れを成していた。
 腹の底、結晶の核に響くような轟音がぐわとして、続々と尽きることなく飛んでいる。時折散発的に高射砲が撃ちあがるが、一瞬だけB-29の輪郭を橙に浮かび上がらせるだけで、効果はなかった。きっと地上の砲架に座る兵士は必死なのだろうが、僕らには、まるでやる気のない砲弾が空へと飛び込んできているように見えた。
 花火めいて咲く一瞬の炎を眺めていたら、視界がいきなり横に傾いた。雪に上下左右があるのかは知らないが、ともかくも乱流に巻き込まれてしまったようだ。それは彼ら鯨の編隊が起点となっていた。視界が激しく回転する。僕らはプロペラへと吸い込まれていく。吸い込まれる直前に爆撃機の丸窓が見えて、なぜだかシルエットの米兵が一瞬だけこちらを見たような気がした。

 銀に光るエンジンシリンダーの火花が鼻先に見えるかというところで、視界は暗くなった。

 

* * *

 

 僕らは一足先に、一番近くでそれらを見てきたから、皆より先に逃げることができた。町のはずれの山から、赤く赤く燃える家々が見えた。地上の炎が鯨たちの銀の腹をかわるがわるに浮かび上がらせていて、それは、暗闇で街灯の光の形にきりとられた雪によく似ていた。
 そんなことを考えていると、ふと僕らの肩まで雪が降ってきたことを感じた。ようやくここまで降りてきたのだ。それは、さっきまで僕らが自分たちの仲間であったことを思い出させようとしているかにも思えた。

 改めて、この不思議な体験のことを姉に聞こうと思った。振り返って背中に近寄ったが、彼女はちょうど白い手の甲に雪をとらえたところであった。
 横顔が、ちょうどさっきまでのことを懐かしんでいた。
 僕はそれですべてを了解したので、その夜はそれ以上言葉をかけようとしなかった。
 鯨の夢は夜に向かって覚めていったが、雪はもうしばらく残っていたと思う。

 そして、僕の記憶にはまその残雪が薄く凍っていた。
 突きつけられた切っ先のつめたさが、近くで感じる息の存在感が、たった今、それらを掘り起こしたようであった。

 

<第一回 終>

 

 

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巡宙艦ボンタ
およそ絵を描くことならなんでもやる 粘土もいじる 楽器ぽいものを作った 警視庁魔法少女課で企画原案とグラフィックとアニメーション スタジオポラリスお手伝い 高い城のアムフォ日本語訳のなかのひと
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